20241117_現代のメディアリテラシーの重要性

はじめに

 今日、某選挙の結果を受けて、多くの人々が喜びや失望を感じていることでしょう。

実はこの記事を書く前に、もっと明るい話題を前置きにするつもりだったのですが、気がつくとそれを忘れてしまい、少し寂しい気持ちを抱えたまま書き進めています。

それでも、この選挙結果を受けて私自身が抱くのは、深い危機感です。この感情の根源には、いくつかの問題があります。それは、メディアに対する不信感の増幅と、メディアリテラシーの欠如に起因するものです。ここで改めて、これらの課題を考えてみたいと思います。


メディアへの不信感の増幅

 まず指摘したいのは、メディアに対する不信感の増幅です。選挙報道や政治に関する報道をめぐり、私たちはすでに偏向や誇張が蔓延している現状を目の当たりにしてきました。

このことが、報道に対する信頼を損なう一因となっています。しかしながら、注意しなければならないのは、こうした不信感が逆に拡散される様子です。

SNSなどで「メディアは信じられない」と声を上げる人々がいますが、皮肉にもその手法自体が、メディアが行う宣伝活動と同じ構造を持っているのです。

その結果、多くの人がメディアに対して過剰な疑念を抱き、その疑念をさらに拡散する状況が生まれています。これはまさに、私たちが批判しているメディアと同様の「宣伝の拡散」という行為であり、自己矛盾と言えるでしょう。

この問題に気づかないことは、情報を正しく理解しようとする努力を阻害する重大な過失であると感じます。

情報の取捨選択とメディアリテラシー

 次に考えるべきは、メディアリテラシーの重要性です。

現代社会では、ファクトチェックがますます難しくなってきています。インターネットやSNSの普及により、情報は瞬時に拡散され、誰もが発信者となれる時代です。しかし、その反面、情報の正確性を見極める力が求められる時代でもあります。

特にSNSで拡散される情報源に対しては、冷静な目を持つべきです。SNSは誰もが自由に意見を発信できる場ですが、専門家でない人間が過剰に喧伝する情報には留意しなければなりません。

最近の傾向として、自分に都合の良い情報だけを集め、信じ、さらには他者に広めていく姿勢が目立ちます。これでは、情報の正確性や信頼性を損なうばかりか、偏見が拡大してしまいます。

情報を取捨選択する際には、自分の意見に都合が良いかどうかだけで判断するのではなく、ファクトチェックを行うことが不可欠です。これは私自身も含め、常に意識しなければならない課題です。

盲目的な正義の危険性

 最後に考えたいのは、強大な力に対抗する正義を盲信する危険性です。

現代社会では、多くの人々が「正義」を掲げて声を上げますが、その行動が実は盲目的である場合も少なくありません。盲信の果てに、自らが批判している「大いなる陰謀側」に立ってしまうリスクさえあるのです。

自分が信じる「正義」が本当に正しいのか、偏りなく検証することが求められています。


まとめ

 選挙の結果がどうであれ、私たちはこの状況を冷静に受け止め、メディアとの関わり方や情報の取捨選択について真剣に考える必要があります。

不信感をただ拡散するのではなく、情報を正しく理解し、冷静に検証する力を磨くことが、より良い社会を築く一歩となるでしょう。

tamuramaro

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA