注意:以下は個人の所感です。ご参考までに。賛否両論があることも承知しています。
国政選挙に投票しました
本日、国政選挙の投票に行ってきました。ここでは、その所感を記してみたいと思います。
選挙に対するやるせなさ
政治のかじ取りが非常に難しいものであることは承知していますが、選挙になると、実現できそうもない理想ばかりが声高に語られるのはいつものことです。そのために少なくない税金が使われることに、正直なところ違和感を覚えます。選挙は、国民の意思を問う大事なものですが、それを無駄遣いするものにしてはいけないはずです。結局、消去法で「まだ現実的なことを言っている候補」を探すのが一般国民のやるべきことなのでしょうか。もっと良い見極め方があればと思うものの、思うようにはいかない…ここにやるせなさを感じます。ちなみに、僕は白紙で投票しませんでした。どうにか一人、選んできました。
政治とカネの問題は解決するのか
「政治とカネ」の問題は、政治が始まって以来ずっと続いているものです。これが解決されるとは思えません。むしろ、この問題を簡単に解決できると言う人こそ信用できません。資産家や影響力のある団体が裏から手を回して、直接票を投じることなく政治家を操るというのも想像に難くないものです。結局のところ、権力や富が支配する構造は変わらず、独裁的・金権的な要素が色濃く残るのが現実です。これはディストピアさながらで、正義からは程遠い現状でしょう。あらゆる政党に何らかの支援団体が付いている以上、清廉潔白な政治家がいるかどうかも疑わしいところです。果たして本当にいるのでしょうか。
実現不可能な理想や偏った思想を語るのは控えてほしい
僕は自分をリアリストだと自覚しているので、理想ばかりを語る政治には懐疑的です。私たちの国は理想郷ではありませんし、税金をゼロにしたり、話し合いだけで全てを解決するのも非現実的です。自国の歴史観を強引に押し通せば、他国との摩擦も生まれるでしょう。また、偏った思想に基づく暴力的な正義も無分別です。理想だけを掲げる候補者には、達成のためのプロセスが見えず、当選することだけが目的であるように感じます。国会での法案が実際に具体的成果を上げているかも不透明な今、理想と現実のバランス感覚を持った候補が少ないことに歯がゆさを感じます。
最高裁判事の審査について
正直なところ「やる意味あるのかな?」と思いつつも、調べた上で一部の判事には×を付けました。こうした審査に少しでも関心を持てること自体が大切かもしれません。最高裁判事まで上り詰めた方々ですから、多少の×があっても強い信念を曲げることはないでしょうが、それでも信を問うことは必要です。
最後に
ここまで読んでいただいた方は、さまざまな感想を抱かれたかもしれません。もし何かを感じたなら、ぜひ選挙に行って投票しましょう。余裕があれば、立候補するのも手かもしれません。これこそが、国民に与えられた政治的な権力行使です。投票しなければ現役世代の意見も反映されにくくなりますから。
tamuramaro